もうそのまま初夏に突入といった陽気。だけど当店はおでんもやってますし、燗酒が相変わらずイチオシ。自分が一番美味しいと思えるものをお出ししたいので・・・(でもおでんはそろそろかなぁ)
燗酒を知ってからのここ数年間、僕は盛夏の最中でも燗酒を飲んでいる。
なにも体を冷やさないようにと健康的配慮を理由に飲んでいるわけではない。
ましてや最高気温35度のなか激辛熱々のラーメンを食べるような自虐的嗜好の持ち主でもない。
ただ単に好きだから。
この「好き」は「おいしい」というのとはちょっと違う。
「趣味」というのに似ている。
つまり、その方面にいくらでもお金をかけてもいいと思うような(お金はかけるけど努力はそんなにしたくないと思うような)大人の領分。
だからといって当店は趣味の店というわけではありません。ちゃんと努力も惜しみません。
燗酒が好きになって以来、燗が旨いといわれるお酒、燗酒好きの蔵元がつくるお酒をたくさん飲んできた(お金を使ってきた)。
そして多くの趣味人がそうであるように、興味は偏愛の様相を呈する。
そのうちに、酒蔵の歴史・蔵元のプロフィールを調べたり著作物を読んだりと、燗酒方面のトリビアルな情報を集めるようになった。そうした情報に触れることで燗酒への「好き」の気持ちはさらに強まる。
つまり僕の集めた偏った情報が、ここに一人の燗酒好きの男を作り上げた・・・
と、ここまでは長い枕。
ある常連さんが来店。かなりお疲れな様子。
そのうちお客様の仕事の話になる。かなり溜まっているものがあるらしい。
「酒飲んで愚痴言って、次の朝自己嫌悪に陥っちゃうよ。」
酒場でよく聞く台詞なようだが、多少親しくなった人間の口から聞くとやはりなぐさめの言葉をかけたくなる。
「愚痴言って発散してください」は、ありきたりか。
「愚痴なんて聞きたくないです。自分が変わらなきゃ何にも始まりませんよ」何て余計なお世話だろうし。ではどういう言葉をかけるべきか・・・
昔、大学の心理学の講義で「愚痴を言い合うことで、対象となっている人や事についてお互いが持っている情報を交換している」というのを聞いたことがある。
そして「情報を集めてどうするかと言えば、今後自分が選択する行動の指針にする、あるいは今まで採っていた行動を強化する」と。この話に納得した僕はそれ以来「愚痴は情報、情報は行動を決める・強化する」と一つ覚えしてきた。
前半部分はいいとしても、後半部分「情報は行動を決める・強化する」は少々怖い話だ。
というのも、穿って言えば「情報の言う通りに振る舞うために情報を集める」ということではないだろうか。これは世の中を見渡してみれば納得がいく事実がいくらでも見つかる。我々は何のために口コミサイトにアクセスするのか?自己啓発本を読むのか?
お酒の現場でいうと、たとえば「神亀の純米酒を燗にして飲むとおいしい」という情報を知らないで神亀を冷酒でのみ扱っているお店がある。一方で燗してこそ神亀の本領発揮だと言う人がいる。こういういわゆる”通人”は神亀を冷酒のみで出すような店に呆れ顔を向ける・・・つまり情報強者が弱者を見下すという構図である。
一人一台スマホを持ち、限りなく低コストで無限の情報にアクセスできる時代。こうした時代は情報を少しでも多く集めることが他人を見下す、出し抜くために必要となる。「情報にアクセスする努力が足りないんじゃないの?」と自己責任社会を情報強者は強化する・・・
・・・頭に浮かんだのはこんな理屈っぽい内容の話だが、お客様に言ったってなんの意味もないことは僕にだってわかる。
結局、「明日も頑張ってください」とだけ声をかけた。