日本酒は「クールジャパン」を越えて(2)

秋田の「新政」という蔵をご存じだと思う。現蔵元・佐藤氏は東大文学部卒の元ジャーナリスト。

加えて彼が赤字蔵を復活させたというそのストーリー性と、新しいコンセプトに基づく数々の商品をヒットさせていることで近年メディアで大注目されている蔵だ。

当店での取り扱いはないが、個人的に購入して飲んだ際、流行り系とも違ったモダンさと個性的な味わいに、この蔵のこだわりようなものを感じた記憶がある。造りの良さを感じさせるとても美味しいお酒であった。


最近知ったのだが、その新政のお酒はほぼすべての造りで「生もと」と呼ばれる伝統的な製法を採用しているらしい。

「生もと」というのは「もと」(文字通り酒造りのもとになるもの、「酒母」とも)造りに欠かせない乳酸を自然に発生させる製法で、酒造り用の乳酸を添加する「速醸もと」(こちらは一般的に採用される製法)に比べ時間がかかるうえに、環境や条件を整える手間も必要とされる。


私はこの事を「意外」に思うと同時に「なるほど」とも思った。

酒質のコントロールが難しく効率性でも劣る「生もと」を業界の先端を行く新政のような蔵が採用していることを「意外」に思い、しかしそうして造られたストレートで綺麗な、酸味もしっかり感じられる「新政」のお酒を飲めば「なるほど」とも納得する。


新しい技術ではなく伝統的な製法をもってして、現代に広く受け入れられるお酒を造るという覚悟(200%の覚悟!)の背景には酒造り・モノづくりにおける技術への強い信頼がある。

伝統的な技術とそれを信頼する造り手の丹精により造られた酒は、彼の狙い通り見事に現代に受け入れられた。いや、何も狙いなどはしなかったのかもしれない。唯々良いものを造ろうとしていただけなのかもしれない。そこには覚悟とともに、「良いものを絶対に造れる」という自信もあったはずだ。


「不易流行」という松尾芭蕉の言葉がある。変わらないもの、変えてはいけないものという「不易」と、変わるもの、変えなくてはならないものである「流行」。

「不易」から物事の本質を学び、そうして「流行」、すなわち変えていかなければならない物事を判断できる。

人は普遍を学んで初めて、時代や環境に振り回されるのではなく、自らの意思で動く、あるいは動かないことを自信をもって選択できるようになる。


そうそう、なぜ若者が酒造業界の門を叩くのか?

バブルやバブル崩壊、失われた20年、二転三転する教育方針なんかに振り回されてきた若い世代が、「不易」つまり変わらないものを求めてたどり着いたのが日本酒なのではないだろうか。

いまだ日本酒は流行り廃り、消費量の増減といった経済的な文脈でで語られることが多いけれど、実感として一昔まえよりずっと身近な存在になっている。アルコール類の選択肢が広がったことで相対的に消費量が下がったとしても、逆にその存在感を際立たせていることは間違いない。

若者たちはそれを直感的に知っているのだ。日本酒こそ「不易流行」そのものだと。


だから日本酒はクールJAPANだとか、伝統回帰だとか、一時的で歪んだ愛国心の発露とは一切関係のない、それらを越えたところにあるのだ。むしろそんな言葉に振り回されることなく、確実に若者の間で日本酒ファンは増えていくだろう。


以上、1か月越しの結論。


ちなみに「生もと」のお酒は当店でもおすすめしています。

・天穏 生もと 改良雄町・・・最高に綺麗な生もと。

・大那 生もと・・・モダン系生もと。しかし甘酸っぱいようなお酒ではなく、のみごたえがありつつ優しい。