「こないだ美味しかった、ほらアレ、あのメニュー今日はないの?」
メニューを隅から隅まで穴が開くほど見ていたお客様から、あるいはメニューをまるで一顧だにしないお客様からしばしば発せられる質問である。
食材やオペレーションにあまり余裕がないために、大抵の場合そういったリクエストとも取れかねない質問には「今日はありません」と答えるしかない。
その際私は〈こないだのあのメニューを気に入ってくださったんだな〉と誇らしさを感じ入りながらも、〈今日のメニューに魅力を感じるものがないのだろうか〉とふがいなさも感じてしまう。そしていつも後者の方が若干高い比率で私の心の中を占める。
うどん屋でも焼き鳥屋でもなく、「燗酒メインの店」を掲げてから(あまり周知されていないのだが)来店するお客様の期待通りの店でありたいと言うよりは、「期待を越える店」になることをモットーとしている。来店のたびに新鮮さを感じてほしいと思っている。
店主である私が想定しているのは落語の「三題噺」。
ご存じの通り客席から出た3つのお題を盛り込んだ話を即興で演じるのであるが、意外なところに題目を折り込んで予想できない展開に話を持って行くところが噺家の腕の見せ所。
酒・食材・接客でもっていつも新しい物語を楽しんでもらえるようなお店が私の理想。