最近当店は「生ビール」をかえた。
それまで扱っていた「エビス」でも十分美味しいと思うのだが、当店にいらしてくれるお客様にはもう少し個性的なビールでも面白いと思ってくれるんじゃないかと以前から考えていたところ、ちょうど4月に「ソラチ」というビールがサッポロから発売されると酒屋から紹介を受けた。
サンプルを飲んでみると、これはうまい。
エールタイプと言うことだが決して重くなく、口当たり・喉ごしは滑らか。爽やかな柑橘の香りは嫌みがなく、「ソラチエース」というホップ由来の苦味とのバランスがいい。個性的なビールだが、おかわりする気になれないような個性ではない。
ということで思いきって切り替えたわけだが、純粋に味だけで判断したかと言えば、実はそうでもない。
ではほかに何の判断材料があったかと言えば、「サッポロビール ソラチ」で検索してもらうと現れる「SORACHI 1984」ブランドストーリーだ。ストーリーを簡単に説明すると・・・
「ソラチエース」というホップをサッポロが開発した1984年当時、それを用いたビールを発売したところ世間には全く受け入れられなかった。ところが後にアメリカの醸造家がこの「ソラチエース」というホップに目をつけ、アメリカのクラフトビール市場では大変人気のあるホップとなる。それを受けて本家のサッポロが満を持して日本市場に「ソラチエース」を使ったビールを発売・・・
と、なんだか聞いたことのある話のようだが、いやそれだけにとても分かりやすいわけで、多くの共感を得られるとサッポロはふんだのだろう。ソラチの誕生ストーリー特設ページからは十分な気合いが感じられる。
このようなストーリーがあるというのは、このビールを売る側(つまり当店)にしても都合がいい。一般的なビールとの違いを際立たせ、さらにはブランドストーリーが暗に示す「このビールを愛飲するのは進んだ味覚の持ち主」といったメッセージを伝えることにもなる。
さてこの「ブランドストーリー」こそカスタマーの共感を得るのに重要だ、と世間では言われるのだが、その事を今回改めて強調したいのではない。私の考えていることはその真逆のこと。
先日放送されたNHKの「プロフェッショナル」では秋田・齋や酒造の高橋杜氏が取り上げられていた。
(「プロフェッショナル」といえばそう、「プロジェクトX」を加水火入れしたようなあの番組だ。)
個人的にはとてもいい番組だったと思う。見た後にあらためて飲んでみたいなとおもったし、放送を見たお客様からも「あそこのお酒はないの?」とか「今度仕入れといてよ」などと言われもした。
この「飲んでみたい・買ってみたい」「おいしいに違いない」と思わせるのが「成功」した「ブランド」であり、成功の根拠となるのが「ブランドストーリー」。先程の「プロフェッショナル」で言えば、NHKはもちろんPR動画を作っているわけではないのだが、どうやら宣伝以上に「ブランドストーリー」を伝える効果をあげているようだ。
どうしてドキュメンタリーにストーリーが生まれるのかといえば、それは番組が取り上げる言葉にあるのだろう。例えば番組の最後に「プロフェッショナルとは?」という質問が投げ掛けられるが、毎回見事なまでに番組を総括するような言葉がプロフェッショナルから発せられる。視聴者がそうした予定調和を見届けたところで物語の頂点に達したことを知らせるスガシカオの曲が流れる・・・
藤田千恵子さんの『美酒の設計』という本がある。こちらも高橋杜氏について書かれたもので、「杜氏」さらには「職人」というものがどういった人たちなのかを理解するための重要な本としてお客様にもおすすめしてきた。(練馬・武蔵関の名酒屋・大塚屋のブログで紹介されていたのを見たのが購入のきっかけだったはず)
「プロフェッショナル」が取り上げるのがどちらかと言えば「成功者」の言葉であるのに対し、この本に記される言葉は「職人」の言葉。いわば先の番組よりもずっと目の細かい網で高橋杜氏の言葉を掬い上げている。
成功の物語では葛藤や困難は克服されるべきもであるのに対し、職人の言葉では一生をかけて付き合っていく、一生かけて追求する価値のあるものとされる。
成功の物語では努力が語られ、職人の言葉では努力など無かったかのように自らの仕事が淡々と語られる。(努力をしなければならないとすればその職業に適性がないことを証明するようなものだと考えている節さえあるのではなかろうか)
先月の終わりに島根の銘酒「玉櫻」の櫻尾氏兄弟が上京の際当店に来てくれた。
長男の尚平さんが来てくれたときのことは以前のブログで書いたが、今回は兄弟揃って、さらには業界の有力者3名を伴ってのご来店。
「玉櫻」といえばナンバーワンでオンリーワンなグルメ雑誌「dancyu」の日本酒特集で大きく取り上げられたばかりの蔵。
実はdancyuの「玉櫻」の記事を書いたのが藤田さん。この記事でもやはりどのような杜氏がどんなことを考えながらどのような環境で「玉櫻」というお酒を造っているかを正確に伝えることに徹している。とくに、控えめながらも芯が強く酒造りに対しては非常に頑固な櫻尾兄弟の職人気質がよく伝わってくる。記事の最後を締めくくる、ハードボイルド小説からの引用もいい得て妙だ。
(実を言えば、櫻尾兄弟が伴って来店された「有力者」とは、藤田さんとdancyuの里見さんと大塚屋の京子さんという3人。)
さてこちらもそろそろ締めるとしよう。
世間では平成の物語をひととおり語り終え、それぞれが好みの令和の物語を見つけようと躍起になっているようだ。
しかしこの「玉櫻」という蔵には世間好みの物語は何もない。
櫻尾兄弟は自らが持つイメージを真摯にお酒に表現しようとする職人であり、このイメージを持てるということは天性のなせる技。玉櫻の強みは共感される物語ではなく、燗酒好きの飲み手と共有するイメージが揺るぎないものであること。
玉櫻というお酒の力強さ・うまさはこの造り手の持つイメージの強さそのもの。
燗酒好きを魅了してやまない力強さであるが、味わうより蘊蓄を言うことの方に幸せを感じる人には理解されないかもしれない力強さ(ちょっと言い過ぎか)。伝わる人には黙っていても伝わる力強さ。(事実、いつの間にか燗酒居酒屋御用達になっていなかっただろうか)
櫻尾兄弟が「あなたにとってプロフェッショナルとは?」と問われて
「結果だけ見てくればそれでいい」「才能です」
などと予定調和に回収されない痛快な言葉が返ってくることを想像してひとり楽しむ。
一応断っておくが、サッポロの「ソラチ」も高橋杜氏が造るお酒も玉櫻同様に「物語」など必要としない素晴らしいお酒である。