先日、山形の銘酒「杉勇」の蔵元・茨木さんが「大塚屋」のご主人・横山さんと当店に来てくれた。
今から十年以上前のことだろうか、開店当初からお世話になっている「大塚屋」にすすめてもらった酒のひとつに「杉勇 辛口+10」というお酒があった。
十年前以上のことだが、このお酒を飲んだときの印象は今でも思い出せる。
ちょうどその頃、純米酒の燗酒との出会いをきっかけに、うちの店では日本酒をメインにしていこうと決心していた。
だけど、決心したけど踏み込めないでいる自分に悩んでもいた。
というのもあまり冷酒が得意でなかったから。
吟醸の香り、抑えられた酸、砂糖のような甘味、あるいは味の無い辛口酒、こういった当時おいしいとされる冷酒の特徴は燗酒のうまさと対極にあるように感じていて、燗酒ほどに魅力を感じなかった。
そう悩んでいた頃にすすめられたお酒が「杉勇 辛口+10」というお酒。
香りは穏やか、しっかりとうま味のある辛口、くどさ・雑さはなく鋭いキレをうみ出す酸、食事にもかなり合わせやすく洋風な料理にもイケル。
いやそんな細かいことは考えなかったかもしれないが、ただ美味しく、心地よく飲めると思ったことは確かだ。
言わば、こういうのが好きなんだなと自分の好みを気づかせてくれた僕にとっては大事なお酒。
だからこのお酒のことはよく覚えてるし、「自分が納得したものだけを売っていく」という領域に踏み込む決心を与えてくれた酒でもある。
その後の「杉勇」の活躍は言うまでもないし、現在当店がメインで扱っている「杉勇 生もと 雄町」はこの蔵の方向性への共感、さらなる発展を感じさせる個人的にも大好きなお酒だ。
日本酒に携わる方々にお会いして僕が最近感じることは、みな揺るぎない価値観を芯に持っているということ。茨木さんにしても横山さんにしても、人当たりのいい、経営者にしてはどちらかと言えば遠慮ぎみで穏やかすぎる性格のように思えるが、お話しすれば率直で熱意のある本音を聞くことができる。良いものは良い、悪いものは悪い。世間がどう評価しようとワクワクする酒をつくっていきたい、応援していきたい。
そんな本音をどうやって聞き出すか、こんな簡単なことはない。美味しいお酒を酌み交わせばいいだけだ。